達夫の蟹工船 その壱

私、佐藤達夫は、1975年生まれの44歳。
しがない社会人だ。

小学校と中学校は、マンモス的な公立高校。
そして、有名野球チームに所属していた。

高校は、少しでもでも見映えのする学校をとのことで私立の新興進学校。
そして、地方の3流私立大学へ進学する。

小学校のときは、ソコソコの陽キャで、クラスの中心的な人間だったと思う。
でも、今、自分自身を客観的に見た場合、そうでなかったのかな?と思うときがある。

いつから陽キャでなくなったのだろうか?
たぶん中学に入ったぐらいだ。

小学2年生から有名野球チームに入っていて、
そこから自動的に中学も有名野球チームへ。
もちろん、プロ野球選手を夢見て。

小学生の部は、野球好きの親御さんが監督やコーチをしていたけれど、
中学の部からは、外部で実績のある半プロみたいな人が監督だった。

最初のキャッチボールから嫌な感じで、
一人ひとりを舐めまわすように見てくる。

そして、Aチーム・Bチーム・Cチームと分けていく。
僕の後ろに立った半プロ監督は、一言、
「Cチーム」

たぶんそこから何かが変わったのだと思う。

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